スタジオ解放区

夏 草 や 兵 ど も が 夢 の 跡  かつて、繁栄を極めたコザを舞台に、 忘れられた街コザ十字路銀天街エリアに生息するものたちの生記録。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

AAF巡礼その1 ~大宰府千年の旅~CATとの遭遇

 私たちスタジオ解放区は、去る8月旅に出た。旅の最終地点はそれぞれ異なった。3人のそれぞれの視点、地点を繋ぐと、ラインが浮かび上がる。
そう、私たちは、AAFネットワーク巡礼の旅に出たのだ。

 そして、この旅は、私たちに大きな意味をもたらした。
3人が見たものは、各地の風土や人との出会い、そして何をみても必ずつきまとうのが、自分たちと照らし合わせて、文字通り検証してしまうことだった。

 7月に私たちのアートイベントくわっちーあしびは無事終わった。
 そして、8月、AAFネットワーク巡礼の旅を終えたとき、あることに気がついた。複数の私が各地に偏在するような、精神的な拡がり。AAF各地の企画者たち、土地のもつ磁場、だれもこれも他人事ではない、まるで自らの状況を写す鏡のように、同じような悩みや喜びといったものが感じられた。

 そもそもなぜ私は沖縄にいるのか、日本列島各地で始まっている、アートと風土、土地のもつ濃厚な磁場。本来の魅力をアートで掬いあげる、芳醇な磁場の噴出。

 沖縄を発つ前夜、ちょうど沖縄では旧盆の季節が終わりを告げていた。私はきまって毎年、旧盆の3日間+1日の4夜に渡って、各地のエイサーやウシュデークを追う。その地域数は20くらいに及ぶ。原付がいい。
 イベントとしてのエイサーではなく、定められた日に、各地域の大切な拝所や家々を練り歩く、本来のエイサーだ。
 沖縄市(旧コザ市)はエイサーのメッカであり、となりのうるま市勝連は、大宰府観世音寺の梵鐘と同じく日本の音風景100選の、へしきやエイサーやヤケナエイサーがある。10数人からなるチョンダラーの指笛が、空間を包み込み、黄泉へと誘う。
 勝連の中でも今は無き(昨年、数十年の沈黙を破り、保存会として復活)浜比嘉エイサーがルーツと言われている。
 スタジオ解放区では、昨年、AAF2005「シチグヮチ」を沖縄市銀天街商店街で実施した。そうざい屋を営む店主の城間さんが30年以上前、19才の頃、この浜比嘉に通いエイサーを習い故郷に伝えた。数十キロ離れたその土地で、今なお、村の若者たちが当時の踊りを今に伝えている。絶え間ない伝播。空間、時間、土地がらによってすこしづつ形を変え、ルーツの面影をもつエイサーを30年ぶりに、記憶を手がかりに、身体の記憶として。
いつものそうざい屋の知らないおじさんが、エイサーを教えてくれた城間さんとして、子どもたちの身体の記憶にも焼き付いた。
 
 今回のAAF巡礼の旅は、高知、徳島、淡路、博多、別府、深江の各拠点を巡った。
そして、巡った時期は、お盆の時期。
ということは、沖縄の旧盆から始まり、日本列島の新暦の盆を巡ることになり、おのずと、エイサーから始まり、よさこい、阿波踊り、そして最後に大宰府観世音寺において、さまざまな仏像たちに囲まれての「夏祭り」盆踊りとなる。
アートフェスティバルを巡った。どの地も、アートと土地の磁場に向き合っていた。土地と切っても切り離せないもの、日本風土に連連脈々とつづくものの正体をやはり追い続けたいと思った。

長期に渡り、いろんな側面からアート列島日本・琉球弧を検証していこう。
シリーズに分け、連載していこう。

と、前置きはこれぐらいにして、

今回、AAF2006検証ネットワーク企画で、だざいふ基本計画 plan3「夏祭り:住職とスタ~ド~ムでちゃぶ台トーク」に参加してきましたので、報告していきたい。

大宰府を想い起こす時、
アルチュール・ランボーの地獄の季節の一節を
大宰府という現象に落とし込んで詠んでみたい。



また見つかった
何が
千年が
星が
太陽に溶け込んでいく
    
      
    
千年、あればなにが変わる?

ここ太宰府という土地においては変わらないこと、が前提なのである。
永く後世に伝えて行かねばならない、観世音寺のほとけたちのまっただ中で、市役所若手職員たちのパンクな夏祭りは開催されたのだ。

 昨年、CATがおこなった、広大な大宰府政庁跡での20基にもおよぶスタードームの光景は大宰府や土地の人々はもちろんのこと、日本人の無意識に眠る古層イメージの共鳴を呼び起こした。また、CATは訪れた3000人もの人々のハートを盗んでしまった。たった2夜の出来事だ。怪盗CAT・・そんな彼らの噂を聞き、私は彼らの素顔を暴いてみたいという衝動にかられた。。



そもそも彼らは普段なにをしているのか、構成員は?性別は?どんな服装で、なにに化けて世間の目を眩ましているのか。いったいなにものなのか。



 そんなある日、メールが届いていた。「なにも言わずに、、大宰府にきませんか」
差し出し人を見ると、なんとCATだった。
「なにも言わずに、、」強制なのか、暗号なのか、どちらにせよこんな誘い方は聞いたことがない。
なにか罠があるに違いない。しかしこれは、チャンス。

前々から、普段のかれらというものに興味をもっていた。
聞けば、CATはみな、市役所の若手職員だという。

期待に胸を膨らませ、台風「孫悟空」とともに大宰府に漂着。
この日、たまたま私はツイていたのだろう。なかでもセキュリティが厳しそうな?大宰府市◯所にキャメラをもって潜入する事に成功したのだ。もちろん、かれらに悟られることなく。。
 そして私は、網目状に張り巡らされた太宰府市◯所職員先輩方の視線という見えない探知レーザーをかいくぐり、CATの目と鼻の先まで近づいた。20060924195057.jpg

さすがに不意をつかれたのだろう、霰もないみごとな素、かれらの笑顔という宝石を盗み、キャメラに収めることに成功した。実はこれが一番やりたかった。
20060924195037.jpg
20060924193731.jpg


すこやか長寿課で働く八藤丸沙織さんの困り顔や用地課で汗を流す江藤応樹くんの眩さをキャメラに収めることに成功したのは私ぐらいなものだろう。
 
 だがここ太宰府市◯所はCATの巣窟だった。あちらこちらにCATが潜んでいる。なにげない素振りでパソコン叩いたり、すました顔で市民の窓口に立っている。
20060924193752.jpg

20060924193807.jpg

20060924193826.jpg

20060924193838.jpg



あのひともあのひともCATだったのかとアフターファイブのミーティングで知った。わたしはどうやら釈迦の手のひらで一喜一憂していたようだ。江藤・八藤丸がどんな仲間と何を共有し、かれらはどんな想いをどこに向かって叫ぼうとしているのか、
20060924193911.jpg

20060924193851.jpg




5日間という短い間だったが、すくなくとも私たちはCATだったし(私は知らずの内にCATの魅力に引き込まれていった)、5日間という永いプロセスの中、その全貌をあらわしていってくれた。
20060924193926.jpg




大宰府千年の旅~CAT遭遇

おわり
20060924193940.jpg


                  

            つづく

  1. 2006/09/23(土) 06:46:01|
  2. CAT
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<モノ想う | ホーム | 掲示板つくりました>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kurosio.blog4.fc2.com/tb.php/76-37d49441
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

スタジオ解放区

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。