スタジオ解放区

夏 草 や 兵 ど も が 夢 の 跡  かつて、繁栄を極めたコザを舞台に、 忘れられた街コザ十字路銀天街エリアに生息するものたちの生記録。

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沖縄県立新館博物館・美術館は「シュワの墓所」!?

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沖縄県立新館博物館・美術館行ってきました。
日本で最後となる県立の美術館建設。
当初は現代美術館となる予定が、現代がとれ、ついでに博物館がくっつく形となりました。
県民主体ではなく県主導で行われる決定のあり方、
話し合われた内容が公開されないシステム、
国の補助金頼りの建設費等々、
アートと社会のあり方をめぐる、
さまざまな論争がある中
いよいよ11月オープンとなるわけです。
オープンにさきがけ、前島アートセンターの企画で美術館見学に参加しました。
遅れて行ったので、館内の展示部屋はみれなかったですが、いちおう建物内に入ることができました。

あることを発見しました。
というより妄想はいってますが、
この建物まさにナウシカに出てくる「シュワの墓所」のような出で立ち。

現代(今)を外しちゃった、沖縄県立新館博物館・美術館は、
歴史芸術文化の貯蔵庫としての性格を、意図せずともお墓のようなデザインとしてシンボリックに現されているのではないか。。

まあ形はどうであれ、
基本計画の中の基本理念及び活動方針に、
「現代の在り方を絶えず問い直し、流動と代謝を繰り返す生きた美術館を目指す。」とある。

生命とはなにか、という問題になるが、
生命とはまさしく代謝のこと。オートポイエーシスと呼ばれる自己創出が特徴だ。
生きることは変わることで、死ぬこと。

ここがポイントかも知れない。本来の意味で、自己代謝する美術館として機能するなら、
アーティストは日々生まれ変わる細胞となって、美術館という殻を代謝させていくことだろう。


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そして、これが美術館の玄関出口から帰る時見えるキノコ?
美術館から見ると街なかのカラオケビルの電飾が美しくみえる?

その後、前島アートセンターに戻り、
美術館オープン企画で展示する島袋道浩さんがドイツから来ていたのもあって、いろんな話が盛り上がり、夜中の3時くらいに宴たけなわ。

そこからコザまで歩いて帰ろうという気になり、

というのも、

今年の夏にやるアートイベント「映画時間」の凝縮版を
美術館開館にタイミング合わせた秋にもやろうということで、
夏「映画時間」にプラスアルファ新作を加え、
スタジオ解放区では、
「月光仮面は誰でしょう」~月光仮面と行くコザの光と影街歩き~
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また、林式「プロジェクター付き移動型人乗せみこし」という夢のような人力乗り物をつくっちゃおう!
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しかも、そいつでコザ銀天街×新都心美術館を往復しちゃおうという、男の血がたぎる無茶な祭りをやっちゃう気。ふんどし担ぎ手全国募集!
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その際に、パプアニューギニアのクラカヌーのような友好と儀礼でもって、新都心美術館に会いに行く。銀天街名物、食などをみこしにのせて。

美術館到着。
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みこしパフォーマンス上映会。(ちなみに長野県諏訪の御柱祭りは船が海を行く様を現しているという説もある。大昔、海の一族が長野の山まで辿り着き、その記憶が、あの御柱と想像したら、私も海を渡って長野の山からサンゴの島に辿り着いた船の記憶として海は人柱で現してみたいのです。)

そして帰りの際に、美術館の開館に合わせて新都心に来る美術関係の客をごっそり巻き込みながらコザまで行くけど一緒にどう?作戦。みこし乗ってもいいし。という仕掛け。
そしてみんな触れ合いウォークで新都心からコザへ歩こう。


 私の出身の長野県小諸市では中学の頃まで「ふれあいウォーク」というものがあったが今はない。参加者は大人から子どもまで幅広く、牛にひかれて善光寺参りの伝説にもとづいているものだった。小諸市から長野市善光寺まで60kmあまりを夜通し歩く。その際、旧道が主なルート。昔ながらの街並や風景は今も記憶残る。

そういうのもあって、前島帰りのこんな明け方に、飲んでふらふら、しかも下駄。眠い。雨。という悪コンディションでもどこまで歩いて行けるのか体感してみようと思い実験したわけです。


旧道はまだわからないので、とりあえず58号をあるく。
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途中通りすがりに渋い場所に目をやる。
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なかなか普段歩かない沖縄では、那覇からコザ歩く?とんでもない。という声が聞こえてきそうだが、沖縄マラソンを考えたら、20kmくらいのハーフを歩くなんて楽なものだ。とはいえ沿道で応援してくれる人はいないだろう。
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しかし、毎回、那覇からコザまでなにげない顔で歩いて(毎回ルートも違うようだ)銀天街解放区にやってきて映像で参加する西村くんというつわものもいるし、最近銀天街で「あたら商会」という工房をかまえた平良くんなんかも自転車でくる。
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はるか向こうにコザのオレンジの空が見える。
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とちゅう、雨があまりに強かったのでコンビニに避難。
そこで太宰府発見!
去年のだざいふ基本計画2006夏祭りのあまずっぱい記憶に励まされながら、雨の中傘もささず走って~く~♪
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道半ば、あえなくリタイヤ


ということで、みんな歩こうか。

大丈夫、疲れた人はみこしで担いで行くよ。みこしはローテーション??
いざとなったら普通にバス乗ればいいんだし。

いちおう、銀天バスツアーという安全パイも企画中でして、「銀天街ご一行様美術館見学ツアー」コザから新都心まで銀天号でいこう!バスの中でもアートを展開し、着いたら、作品鑑賞して、その際にちゃんとかってにみんなで作品評価ワークショップして、そのあと、コザに戻る際に、コザいきたい人をひろって行く。
触れ合いウォーク脱落者はきっと銀天バスが回収してくれるはずです・・


ということで、11月沖縄県立新館博物館・美術館も楽しみですが、その前に、夏のアサヒアートフェスティバルを忘れてはいかん。今回スタジオ解放区は「コザの街歩き映画祭」通称「映画時間」ということで、かなり準備で盛り上がっています。参加作家も実行委員もものすごく人数がいっぱいでかなり楽しい。自分が作品つくるの忘れちゃうくらい。おっと、まずい。。

ちなみに、こちらは銀天街でたまにオープンするコザ現代美術館
さすが沖縄県民。コザんちゅ。現代(今)を外しちゃった、沖縄県立新館博物館・美術館のフォローをちゃんと遊んでます。


沖縄県立新館博物館・美術館の建物の出で立ちが、ナウシカに出てくる「シュワの墓所」のようだということにピンとこない。もしくは、読んだことない人。補足しましたので、気力があれば下記長文読んで下さい。こんなことできたらいいな~的作品イメージスケッチ写真付きです。
というより、ナウシカ好きなのでついつい楽しくなってきてしまい読み返したりしながら千夜千冊の松岡正剛バリに編集してしまった。。ちなみに参考資料「風の谷のナウシカ7巻」宮崎駿著、「ナウシカ解読~ユートピアの臨界~」稲葉振一郎著
↓続きを読むクリックどうぞ



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  1. 2007/06/08(金) 06:29:12|
  2. アート
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

沖縄東京間漂流展示参加型の提案

2月7日~3月4日東京都神田のkandadaのスペースで、沖縄のプロジェクトの紹介をする。
展示コンセプト、会場作りはスタジオ解放区が担当する。
そこで、みんな参加できるような展示方法を考える。
期間中さまざまな形で参加、交流があるといいと思う。

漂流する籠

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漂流水脈 水脈漂流

クバの葉
またの名をビロウの葉

クバプロジェクトのクバはバクの反対として夢を吐き出すだったが、
南方では神聖な木とされるクバ、またの名をビロウ。偶然にも同じだった。
昔、木やクバなどを利用した文化である沖縄。植物素材文化「溶ける文化」、石や土器の文化と違い、旧石器時代の遺物が残らない文化である。


20060203000232.jpg

クバのかごは
八重山にいった際、
昔つかっていたものを宿のおじいがみせてくれた。
井戸にまつわる話や昔の暮らしをききました。
ひもがきれておちても
水を汚すことのないクバのつるべ(クバジー)

今回、2月に東京で沖縄のプロジェクト紹介展示ということで、展示方法をずっと考えていました。

○沖縄でこういうことをやりましたという単なるファイル資料展示にはしたくない。
○「沖縄市銀天街におけるアートプロジェクト」宍戸、藤森、林と表記されたプロジェクト紹介であるが、いわゆるアートプロジェクトの地方版という位置づけに留まらない他の言い回しがないか。4年前と動機が同じのままではないはずなのに、他の言い方を生みだせていないのがとても残念。それぞれのレベルで追求しているものを、アートを越え、興味ははるか彼方に飛び、考古学、民俗学、文学、言語学、音楽、動植物など先人たちのさまざまな方法から琉球弧を捉え、追随しなければならない。さまざまな4年間さまざまなヒトが関わったし、交わったさまざまなヒトの視点が、プロジェクトという単位を越えて入り乱れていた。が、4年前の当初となんら変わりばえのしない紹介であるのはちょっと違うのでは、新たな提言が必要なのでは。
○プロジェクトではくくれない動きを表すにはどうしたらいいか。

きっかけはアートプロジェクトだったり、声をかけられたり、旅だったり、それぞれ動機や継続性は異なりつつ、元クバメンバーやキクメンバー、その他個人レベルでさまざま交流があった人。
それらの人たちはみな、それぞれの形で変容しつつも、いまでも形を変え、さまざまな接点をもちつづける。
アジアや各地を旋回するようにたびたび訪れる西村くんや家庭をつくりながらアンテナを張るめぐみちゃんや企画として訪れるどんちゃんのように、みなさまざまだ。
そのなかでいえるのは、
ひとりひとりが関わったヒト・出来事、それぞれの交わり、はそれぞれの方法でそれぞれの奇遇に真摯に向き合っている。これらの動きが縦横無尽に紡がれている。
そのヒトたちがみんな参加でき、紡ぐように全体としてなにか形づくれないか考える。
歴史上の琉球弧に、ぼくらは同時期に漂流していた。交わっていたというところに注目すべきだと。そこにアートもプロジェクトもひったくれも包まれてしまう想定外の何かがたしかに存在している。

沖縄はまさにそうした交易の拠点だった。太古の昔から琉球は歴史や文化のあじまーであると相場が決まっている。「おもろそうし」をひらくと、天地開闢の神話の始まりは太陽の視点、つまり天上からはるか地上を眺めた視点で描かれている。今なら気象衛星の視点で俯瞰することができるだろう。インド半島、南太平洋のオセアニア、東南アジア、琉球列島、日本列島。これらの世界は、黒潮、季節風という大自然のエネルギーで太古の昔から結ばれている。いろいろな国の文化や文明と深く関係している琉球列島。
太古の昔のような自然エネルギーによる恩恵、ゆるやかでありながら劇的な往来は歴史や文化そのものであった。

そして、沖縄においてナイチャーもしくはヤマトぅーんちゅと呼ばれるわたしたちは、この琉球に黒潮の流れを遡り、もしくは季節風ならぬ飛行機に乗って、竜宮ならぬ琉球、宿命の島に漂着する。

今はたしかに現代文明の力で自由気ままに行き来することが出来る。
しかし忘れてならないのは、その地に息づくもの、ゆるやかに永い時をかけた劇的な往来によって醸し出される芳醇な物語や、土地の神。それらは、現時点に漂着するわたしたちにとっても、そこで偶然接することとなったヒトの個人の記憶や体験を通した交流として、太古に馳せる断片としてときに結晶する。

このことから、古式にのっとって、琉球との交易で得た何かはどんぶらこどんぶらこと黒潮にのって再び東京に漂着するイメージはどうか。

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サキシマスオウノキの実は漂流種子または水分布種子で、その形状はちょうど船舶の竜骨(キール)のような構造になっている。
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その分布はアフリカ東岸、東南アジア、ポリネシア、日本の南西諸島(奄美大島以南)といった、熱帯アフリカ、熱帯アジアであるが、漂着先は秋田にまで及ぶ。
黒潮に乗って
司馬遼太郎の本に、糸満の漁師はサバニに乗り込む際、もし遭難し、漂流先の土地でも農耕できるよう、どんなに急いでいても、クセで、モミや種などを手に乗り込んでいたそうなことが書かれている。それと同じような原理で太古の昔、中国方面から黒潮にのって徐々に稲やさまざまなものが分布していったのかなぁなどとおもいは巡る。

再び、
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八重山の鳩間島にある井戸、そのとなりに100年も前からある古民家の宿。
その宿に泊まり、ある夜、井戸の話になった。もう使われていない枯渇した井戸。昔は貴重な水を確保するため朝から行列だった井戸。そのときつかわれた、倉庫に眠る、母親がつくったクバのつるべを見せてくれた。
今、つかわれていないため、井戸は涸れて底がみえる。しかし今でもいじってやれば水脈はよみがえるという。しかし、中に入れるヒトがなかなかいない。昔は井戸職人がいたそうだ。

井戸のそこから汲みだすもの、水脈、いじってやればよみがえる水脈

水脈はヒトの脳神経細胞によく似ている。何度か思い出す記憶はよく思い出しやすく汲みやすいが、一度も思い出されることのない無意識な記憶は次第にその回路を失い、二度と汲みだされることはないだろう。
井戸のそこからの無意識の汲みだし
地下深くつながる水脈

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まるくカットしたクバの葉を
下からみた井戸に重ね
クバジーのなかには
それぞれの無意識からくみだしたものが入る20060203005617.jpg



20060203005804.jpg


もしくは
太陽の形にしたクバの葉を
下界を俯瞰する太陽に見立て
クバジーのなかには
その視点から見いだされる黒潮によって紡がれる漂流物体が入る20060203024552.jpg


水脈
漂流

無意識や記憶の汲みだしとしての水脈
太陽の視点からみた季節風と黒潮による各世界の行き来、深いつながりとしての漂流
この2つのイメージを組み合わせることで、いろんなヒトとひとが交わったおくりものが会場に漂着したイメージの展示方法を考える。

小船、もしくは漂流種子に見立てたクバの籠の中に入れるおくりものをそれぞれ考える。
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クバやキクはもちろん大ちゃんやさとまんや銀天街のヒトたちにも参加してもらう。新川さん、仲田サン、なにかないですか?コレクションやメッセージTシャツとか。古堅さんともなにかやりたい。
ちなみに城間サンにはアンダギー、盛雄サンにまちかじお願いしようとおもってます。
販売も可能です。
2月7日からなので、基本となるおくりものは、ほぼ設置しますが、期間中に増やしたり、交換したりが可能で、その後も沖縄から贈ったりしようとおもっています。沖縄間と東京間で展示を通した本格的な交流のやりとりができればいいなと思います。
クバの籠の中はだいたい20~30センチ四方のものが入ります。
たとえば、小作品の他に、ファイルや写真、手紙、絵、本、チラシ、Tシャツ、サーターアンダギーやまちかじなども。音を仕掛けたりもいいとおもいます。

ちなみにサトマンは友達にポートレイトを撮りまくってもらいそれを漂流籠に入れるようです。
20060203010142.jpg
設置全体図イメージ
20060203010158.jpg
展示イメージ 


スタジオ解放区 林・藤森

***************
スタジオ解放区
沖縄市照屋1-15-3 3階
098-937-9909
kaihou9@nifty.com
http://blog4.fc2.com/kurosio/

  1. 2006/02/03(金) 01:02:52|
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2003.シチグヮチ  ~沖縄コザ夏の記憶__2003.7~9._銀天街ひとりレジデンス~  林僚児

sasimi2.jpg

yuuki2.jpg

eisa-2.jpg

koza-sora.jpg

hirune.jpg

a-ke-do--.jpg

  1. 2005/03/02(水) 01:49:25|
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